長年住宅の設計を業としていると、世間一般の住まい観の動向がなんとなく察知できるものだ。この十数年、つまり。ハブル経済崩壊後になって感じるのは男=夫が住宅設計の打ち合わせに積極的に参加するようになったことである。私が自分の事務所を構えたのは1970年代初めだが、これは「いざなぎ景気」から「日本列島改造論」へと移る時代で、その後は二回のオイルショックはあったものの、おしなべて日本の高度成長時代であった。
[参考]
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そうした時期に建築家にちゃんと設計料を払って住まいをつくろうという人は、住意識の高い層であるはずだが、それでも設計の打ち合わせはほとんど妻=主婦の主導で進められたものだ。最初の顔合わせには夫も同席し、規模とか予算とかスケジュールの概要を取り決めるのだが、その会合の終わりに夫は「ま、後はワイフに任せますから、よろしく」と言って、その後は出てこなくなる。こういう場合「妻に任せる」ことの根拠として出る典型的な台詞は「私なんて、どうせ帰って寝るだけですから……ワッハッハ」という類で、これが言い訳ではなく、むしろ誇らしげに吐かれるのが普通であった。つまりこれは男がほとんど家にいなかったことを意味する。では男はどこにいたのかというと、会社にいたのである。別に社屋のなかとは限らないが、接待とか、接待を装った部課の慰労会とかで、要するに会社の圏内で多くの時間を過ごしていたので、そうすることによって男は住まいに対する決定権を放棄したのだ。